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ポッキーゲームをするLAS。勢いで書いたのでかなりつめが甘い部分があるかも。チョコレートだけに。
十一月十一日。
配給所の脇には、たくさんのポッキーが並んでいる。数字をお菓子に見立てたお菓子はいつになっても人気で、手作りながら今でも毎年作られている。日頃の復興へ向けた忙しさの中に、ほんの少し添えられる甘さを誰もが望んでいるのだろう。
週も半分すぎた木曜日、シンジは仕事終わりに配給所に立ち寄っていた。隣にはトウジもいる。
「欲しい食材は買ったし、僕はもう帰ろうかな」
「ん、そうか。ワシもこんだけ詰めたら今日はもう帰っかな」
交換した配給の中身と目録を確認して、シンジは帰り支度をはじめた。隣でトウジも野菜を袋に詰めていると、遅れてきたケンスケがそれぞれに一箱ずつポッキーを渡してきた。
「ほら、これやるよ。今日は俺のおごりだ」
「……ええんか? ありがたくいただくわ、ツバメも喜ぶ」
甘いお菓子は決して安くはない。少しずつ配給ではなく通貨を使った経済が戻ってきてはいるが、非常に高価なものだった。トウジはほんの少し迷うそぶりを見せたが、家で待つ子供の事を喜ぶ顔を思い出したのか、素直にケンスケの厚意を受け取った。
「いや、ほんとにいいの? ケンスケ。そりゃありがたいけど、ケンスケだってお金貯めていろいろ買いたいでしょ?」
「いいんだよ。俺も一個かったしさ。そりゃ高いけど、あくまでちょっとした贅沢ってだけだし、俺もこの間欲しいパーツはあらかたそろえたしな。まぁ、気にすんなって」
シンジも申し訳なさが先だったが、屈託のない笑みでそう言うケンスケの様子に、ありがたく受け取ることにした。とはいえ彼も、アスカが笑う顔を想像して嬉しさを内心に押し込めていたことに変わりはなかった。
そんな親友たちの姿を、満足そうにケンスケは見ていた。そんな彼の鞄にも箱が入っているあたり、彼にも良い人がいるのだろう。
沈みゆく陽の光の残滓を頼りに家路を歩く。村はずれの家の近くにたどり着いたときには辺りは真っ暗で、家から漏れ出る明かり以外に頼るものはなかった。シンジが玄関先についている蛇口から水を出し、長靴についた泥を落としていると、玄関が開いた。
「おかえりなさい、シンジ」
「ん、あぁ、ただいま、アスカ」
手早く泥を落とし切って、シンジはアスカに向き直った。
「遅くなってごめん。ただいま、アスカ」
「ん。はやくご飯食べましょ。今日はアタシが作っといたから」
「うん、わかった」
そういって部屋に入ると、焼き魚のいいにおいが漂ってくる。よく脱穀された白米が食べられるようになったのもごく最近のことだ。ちゃぶ台の上にはつぶの立った新米が湯気を立てていた。
「あ、昨日貰った干物焼いたんだね」
「うん。せっかくもらったし、うっかり腐らせてももったいないから。それに今日は週末だしね」
そう言いながらシンジはキッチンの横に設置された棚に、鞄の中身を置いていく。ネギ・白菜・カブ・レンコン、旬の野菜がたくさん並べられていく。そして最後に、小さな紙の箱がポトリと出てきた。
「あ、そうだアスカ。これ、ご飯の後で一緒に食べようよ」
シンジは箱を持ち上げてアスカに向けて軽く左右に振る。アスカは怪訝な顔をしていて、その中身にまったく重い当たる様子は内容だった。
「ほら、今日は何日だっけ?」
「何日って……あぁ、そういうこと」
そう言ってアスカは苦笑いしながら箱を受け取って中を覗くと、チョコレートに包まれた棒状のクッキーが見えた。随分懐かしいその形に、妙な感動を隠せなかった。
「随分懐かしいわねぇ。というか、こんなの作れるぐらいまで復興が進んでるのが驚きだわ」
「あんまり余裕はないから買わなかったんだ。これはケンスケのおごり。今度会ったらお礼言っておいて」
「そ。わかった」
アスカはしげしげとそれを眺めた後、箱をちゃぶ台の端において鍋の前に立って言った。
「さ、はやく手洗ってきて。せっかくの炊き立てのご飯が冷めるわよ」
「りょーかい」
廊下を歩いて洗面台へとシンジは向かい、アスカはその間に鍋にお玉を入れてお椀に味噌汁をよそっていく。穏やかな時間が流れていった。
「こんなお菓子もあったわねぇ、一体だれが言い出したんだか」
食後はアスカから順にお風呂に入った。先に風呂から上がったアスカは、ちゃぶ台に載っているポッキーの箱を持ちながらアスカはしげしげと眺めていた。そのうちに隣にお風呂から上がって来たシンジが髪の毛を拭きながら腰かけた。
「ふぅ、あれ、食べないの?」
「……せっかくだから、ポッキーゲームでもしてみようかと思って」
そっけなくそういうと、シンジは恥ずかしそうな顔をした後で、羞恥心を噛み殺した余裕たっぷりの笑みで言った。
「今日は随分積極的なんだね?」
「……知らない」
強がるシンジを見て多少余裕を取り戻したのか、アスカはフンッと鼻を鳴らしてポッキーを一本取り出し、口にくわえる。それをシンジのほうへ向けてじっと彼の目を見つめた。
「ほら、はやうしなあいよ」
「はいはい……」
二人とも少し赤く頬を染めながら、ゆっくりと端からポッキーをかじっていく。アスカは本当に少しずつ進んでいたが、シンジは少し早いペースでポッキーを砕いていった。お互いに目の前に移る互いの目を見つめて、着実に二人の唇が架け橋を渡っていく。そして、後少しで唇が重なる……その直前で互いに力んだためか、中央でポッキーは折れてしまった。
「ん、あっ……」
アスカは折れてしまったポッキーを飲み込み、離れていくシンジの唇を惜しむように見つめた。シンジは一度口の中に残ったポッキーを飲み込んだ後、アスカの頬に手を添えた。
「ポッキー、おいしかったね」
「う、うん……」
意地悪な質問に対して、アスカは今更素直な言葉を言えない。残念がる表情を隠しきれないアスカに、シンジの胸はときめいた。
「でも」
「え?」
すっと顔を再び近づけて、今度こそちゃんと二人の唇が重なる。互いの温もりとしっとりした感触が快感を生み出す。ほんのりと残るチョコの風味とクッキーの欠片を吸い取るように、互いの体に腕を回してきつく抱きしめ、キスを続けた。甘い声をもらしながら、たっぷりと口づけをかわして、ようやくシンジは顔を離した。
「やっぱり、アスカとのキスの味のほうが僕は好きだ」
「……あんたのそういう意地の悪いところ、ほんとヤダ」
「そういう時、いっつも嬉しそうな顔してるの知ってた?」
「わかってても言うなバカ!」
アスカは怒ったように軽くシンジの背中をぽかぽかと叩いたが、すぐにそれも落ち着いて背中に手を添えた。しばらくそうした後、耳まで真っ赤にしながらアスカはシンジに尋ねた。
「ね、きょう、したい」
背筋をなぞられながらそう聞かれて、シンジも顔を真っ赤にした。ぎゅっとアスカを抱きしめたかと思えば飛び起きてアスカを抱きかかえる。そのまま足早に寝室へと向かった。
「ほんっとアスカってば、誘うの上手だよね?!」
「あぁもう、ばか、言わないでよっ!」
十一月十一日の夜、二人の間に甘い時間が満たされていった。
十一月十二日、二人ともそろって遅くに起きだした。揃って体中の筋肉痛に小さく悲鳴をあげながら、二人で協力して汗に濡れたシーツを抱えて洗面台に向かい、身だしなみを整える。あまりにもひどい汗を拭いきれず、最終的には風呂に入ってシャワーまで浴びて、そんなことをしているうちに二人が活動できるようになったのはお昼になってからだった。
床の間に行くと、昨日食べ残した数本のポッキーが溶けかかっていた。朝ごはん兼昼ごはんとして、二人でそれを分け合って食べることにして、二人はちゃぶ台の前に座った。溶けたチョコレートを食べていると、アスカがシンジに文句を言ってくる。
「あんた、毎回激しすぎんのよ」
「……アスカが毎回煽るからだよ」
「……うっさい」
甘く気怠い雰囲気をまといながら食べるポッキーは、二人にとってそれも一つの幸せの形だったのかもしれない。結局のところ、二人は互いに甘いのだ。文句もそこそこに二人の唇は重なり、彼らの愛の巣は甘い静けさに充たされていた。