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お久しぶりです。
ハロウィンに書いたワンドロ(ワンリトゥン)。
よろしければ読んでください。
楽しめたら、あなたも書いてください。
道を転がるボールを追いかける少年の様子を遠巻きに眺めていると、強い風が一瞬、体の横を通り過ぎる。 季節の変わり目が近く、風が冷たさを持って彼の肌を突き刺した。 申し訳程度に着ていた薄手のシャツでは、ずいぶん肌寒さが際立ってくる。 見上げると空もすっかり暗くなっていて、もうすぐそこに冬が来ていることを痛感させられた。
もう一度少年の方へ視線を戻すと、彼はトコトコと道を歩いて行く。 隣には母親と思しき女性が立っている。 しっかりと手をつないで、街灯の明かりを頼りに歩いていくその後姿は、幸せの形だった。
『ねぇ、シンジ? 聞いてる?』
「あ、ごめん。なんだっけ?」
イヤホンから鳴るアスカの声が思考の海に沈みかけていたシンジを引っ張り上げる。 スマホを持ち上げてみると、不満気なアスカの顔が荒い解像度の中に映っていた。 インカメラから映る自分の顔は、画面の放つわずかな光に照らされるばかりで不気味に見える。
『だから、晩御飯の話。アンタまだキャンパスの近くにいるんでしょ? 帰りになんか買ってきてよ』
「分かったよ。何がいい?」
『ん~……シンジが決めてよ』
「そう言っていっつも文句言うからなぁ」
『アンタがよくわからないもの買ってくるからじゃない。とにかく、ちゃんと気の利いたやつ買ってくるのよ?』
「はいはい、わかったよお姫様」
わがまま放題を言われるのが癪で、にやけながらそういうと、画面の向こう側のアスカは真っ赤な顔をして電話をぶつりと一方的に切ってしまった。 やり返してやったという小さな達成感に満足して、シンジはスマホをポケットにしまって歩き出す。 数歩歩いたところで、彼はまた立ち止まって、スマホを取り出して音楽を掛けた。 イヤホンから流れ出したゆったりとしたサウンドトラックを聞きながら、暗い道から明るい街へ向かった。
駅の近く、商店街が近くなるにつれて人通りも多くなり、明りも多くきらびやかになっていく。 そういえば今日はハロウィンか、と、シャッターの閉じられた駄菓子屋の軒先につらされたジャック・オ・ランタンの姿を見て思い出した。 普段ならこの時間に子供の姿など全く見ないが、年に一度、今日だけは仮装した青少年たちが街を練り歩く。
子供たちは閉じたシャッターに向かって「トリックオアトリート!」の言葉を叫び、駄菓子屋の店主もそれに応えてドアから顔を出しお菓子を配っている。 集団のすぐ傍では、両親らがが同じようにささやかな仮装をしてその様子を見守っている。 シンジは可愛らしい彼らを迂回して、少し道を外れた先にある洋菓子店へと足を進めた。
この洋菓子店は最近見つけたもので、こじんまりとしたいい雰囲気が好きで、何かあるごとに彼はここへ通っていた。 イヤホンの片耳を外しながら、木でできた扉を押し開くと、扉の裏にぶら下げられたベルが揺れてチリンチリンと音を立てる。 入店の合図を聞き取って、店の主がカウンターの向こう側から顔をのぞかせた。
「あら、いらっしゃいませ」
「ケーキを予約してた碇です」
「あぁ、碇さん。どうもどうも、出来てますから、今持ってきますね」
彼女は人のよさそうな顔をくしゃりと笑わせて、奥の方へと引っ込んでいく。 ショーケースのガラス越しに、曲がった腰に手を当てて厨房へと入っていく姿が目に映った。 イヤホンを両方とも外してケースにしまうと、ちょうど奥からケーキの入った箱をもって店主がやってきた。
「はい、こんな感じ。今日はハロウィンだからね、ちょっとかぼちゃのタルトもおまけしちゃう」
彼女はいたずらっぽく笑って、小さな包みに入ったタルトを2切れ、ケーキの傍に差し入れた。
「え、いいんですか?」
財布を取り出しながらその様子を見ていたシンジは驚いて、ぽかんとしてしまう。
「いいのよぉ。ねぇ、これはなに、彼女と食べるの? あ、1890円、いただきますね」
「え、えぇまぁ、彼女……。そうですね、恋人と、食べます」
2000円で大丈夫ですか、と聞きながら、小銭受けに二枚のお札を置くと、彼女はいやな素振りを見せずにそっと110円をシンジの手に乗せた。
「いいわねぇ、私もね、昔は、お父さんが生きてる頃は二人して仲良く食べたもんねぇ」
遠い目をして楽しそうに笑う彼女に、少し気になってシンジは問いかけた。
「……どんな人だったんですか?」
すると店主は、とてもうれしそうに眼を輝かせて話しだした。
「そうねぇ、二人とも、家族とは離れ離れでねぇ」
「私は孤児だったけど、彼は親からも兄弟からもいじめられてたって、家を飛び出したって聞いたわ」
「二人でね、二人だけで小さな式を挙げて、二人で色んな所にいってねぇ……楽しかったよぉ」
「お兄さんもね、大事にしてやんなさいね」
「家族になる人をね」
左手には洋菓子店で受け取ったケーキ、右手にはスーパーで買ったお弁当を持って、シンジはアパートに辿り着いた。 時計を見ると、思ったよりも遅い。 アスカ、不機嫌にしてるだろうな、と思って苦笑いをし、静かにドアを開けて中に入る。
「ただいま~……」
普段ならここで、「遅い!」と怒鳴る声が聞こえてくるが、どうも様子がおかしい。 靴を脱いで揃え、短い廊下を通ってリビングへ入ると――
「あれ、アスカ?」
彼女はドラキュラの仮装をしたまま、炬燵に入り込んですやすやと寝ていた。 炬燵の上に置かれたメモには、今日の段取りが事細かに書かれている。 わざわざシンジを驚かせるためだけに、衣装を買いそろえ仮装用の化粧まで施していたらしいが、炬燵の魔力と睡魔には勝てなかったようだった。
「んん~……ばかしんじぃ……おそい~……」
「っく、はは。ごめんね、アスカ。待たせちゃって」
彼女の睡眠を妨げないように、シンジはそっとケーキを冷蔵庫へ入れて、彼女が起きるまでの間、その愛らしい寝顔を眺め続けた。
なお、アスカが目を覚ました後に、シンジをこっぴどく叱ったのはまた別のお話。