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あまりにも遅すぎる上にちょっとクオリティも低いですがどうか目をつぶってやってください……
2022-04-12 00:25 追記 | こちらの作品はlalaさんの140字LASを元ネタとして執筆しま...
バレンタインの学校は、毎年朝から不思議な雰囲気に包まれる。男子は妙にそわそわし、女子にもどこかよそよそしい態度が目立つ。とはいえ、高校三年の教室ではそんなことよりも受験の緊張が勝っていた。
アスカとシンジはその優秀な成績を生かして推薦試験を使い、同級生より一足先に進路も決まっていたため受験生という肩書は無くなっている。二人は、段々とやつれていく友人たちをなるべく刺激しないようにしていた。
シンジはトウジの近くに行って、個包装のチョコレートを渡す。イベントごとに何もないのも味気ないだろうからと、買っておいたチョコレートを配っていた。
「トウジ、ほら。チョコレートあげるよ」
「ん、おぉ、ありがとさん……」
反応は薄かったが、彼の緊張をシンジも理解していた。
「あとちょっとで終わりだろ?」
「あぁ、あと少しや。合格したるで」
ニッと笑って見せるトウジの机には、過去問演習の答案があった。親友の努力が報われることを、シンジは心から祈った。
「そういえば、最近ケンスケってどうしてるのかな」
「ん? なんや聞いとらんのか。工学の専門学校に決まったって」
「そっかぁ……」
高校は別々の所に進学したが、三人の交流は続いている。受験期に入ったことで途切れ気味だったが、それぞれに進路は定まっているようだった。
「ワシだけ浪人っちゅうのも恥ずかしいからな、やったるで!」
「うん、期待してる」
寒さがまだ強い、そんな2月14日だった。
「あ、まただ」
「なにがや?」
学校から帰ろうとすると、シンジは空き教室を見ていった。そこにはアスカと、名前はわからないが、背格好からおそらく下の学年の男子がいた。彼は、顔を赤くしながらアスカにチョコレートを差し出していた。
「なぁ、シンジ。今日ってホワイトデーちゃうよな?」
「まぁ、今年で卒業だしね……」
返事になっているのかいないのか、よくわからない返しをした。それだけ、シンジの心境は複雑だった。隣からそんなシンジの顔を見ていたトウジは、シンジの肩を叩いた。
「そんなに不安がるんやったら、いっそ告白したれや。センセも男やろ」
「……そうだね」
他人の告白を覗き見る趣味は二人にはなかった。そっと見なかったことにして、二人足並みを合わせて家路についた。
夕方、珍しく首都圏に雪がやってきた。めったに降ることが無い白く冷たいめぐみに、街の小学生たちは歓喜してはしゃぎまわっている。その喧騒を窓越しに聞きながら、シンジは部屋の中で本を読んでいた。
「寒いのに……子供ってすごいなぁ」
そういってずり落ちたひざ掛けを元の位置に戻す。いつの間にか沈黙していたイヤホンにもう一度命を与えて、穏やかな気持ちでシンジは本の世界に没頭しようとしていたが彼の頭には先ほどの場面がちらついていた。
「いつかどっかに行っちゃうのかな」
シンジにとってアスカは、単なる幼馴染にとどまらない、大切な存在だった。年を取るたびに少しずつ綺麗になっていく彼女に、年を取るたびに素直になっていくシンジの心は揺り動かされていた。大学は同じところに決まったが、学部はまるで違う。これからは、お互いの知らない友達や、趣味や、行動がどんどん増えていく。その事実が、シンジの心には重くのしかかっていた。
その時、玄関のチャイムがなるかすかな音が響いた。ハーイ、というユイの声の後に、談笑する声が聞こえる。3分ほど経って、シンジを呼ぶ声が聞こえてきた。
「シンジー? アスカちゃん来てるわよー?」
「う、うん! 今行くよ!」
想像していた人が突然やってきたことに驚いて足をもつれさせながら、シンジは部屋を飛び出した。階段を駆け下りて、玄関へと向かう。
「それじゃあ私は部屋戻ってるわね、後はお若いお二人で♡」
「からかわないでよ!」
「うっふふ!」
軽快に笑う母を追いやって、シンジは玄関に立つアスカに向き直った。
「それで、どうしたの? アスカ」
彼女は鞄に手を入れて、小さな箱を取り出した。
「……これ、今日本当は渡そうと思ってたんだけど、渡し損ねたから持ってきた」
バレンタインには毎年アスカがチョコレートをくれた。今年も律義に、わざわざ家まで届けてくれたことに軽い感動を覚えながら、シンジはそれを受け取った。
「ありがとう」
「どういたしまして」
鞄のチャックを閉めながら、アスカはシンジに聞いた。
「ところでアンタ、ちゃんと大学から出てる課題やってるんでしょうね? 結構量あるでしょ?」
「それはアスカの学部の話だろ? こっちはあんまり出てないし、もう終わったよ」
その言葉に、アスカはひるんで顔を強張らせた。
「そうよね、違うもんね」
「……?」
シンジはその違和感に気づいたが、どう追求すればいいかわからなかった。アスカはその場の空気を断ち切るように、身をひるがえして玄関を開けた。
「それじゃ、アタシ帰るわね」
「あ、あぁうん。気を付けてね」
外に歩き出すアスカを見送るためにサンダルを足につっかける。道に出たアスカは、少しシンジを振り返って言った。
「言い忘れてたけど」
「ん?」
「それ、本命だから」
言葉の意味を咀嚼するのに、時間がかかった。アスカは今なんて言った? シンジの思考回路がショートする。
「じゃ」
シンジが何か言いだす前に、アスカは走っていった。慌てて追いかけて道を走るアスカの後姿を見送った。その後シンジは何も考えることが出来ず、ユイに呼ばれるまでその場に立ち尽くしていた。
「ホント、浪人なんて嫌やからなぁ。受かってよかったわ」
「トウジ、俺、もう聞き飽きたよそれ」
バレンタインもとうに過ぎ去り、トウジの受験結果も判明した二月の終わり。久々に〝三バカトリオ〟は同じラーメン屋のテーブルについていた。久々にあったトウジから壊れたラジオのように何度も同じセリフを聞かされていたケンスケは呆れていた。
「……ん、あぁ、良かったね」
「なんや、反応薄いなぁ」
同じように何度も聞かされたその言葉に、シンジの反応も薄い。トウジは二人そろって反応が薄いことに不満げな顔をしていた。努力が実ったことがとてもうれしかったのだろう。その分の反動も大きいらしかった。
「はい、ドウゾ~」
その時、のんびりした口調の店員がどんぶりを持ってやってきた。
「まぁいいわ、食べよ食べよ」
その言葉に三人はそれぞれ割り箸を取って手をあわせ、早速目の前のラーメンに向き合った。
濃口醤油のかえしにぐつぐつ煮られた豚骨スープが三人の前で湯気を立てている。脂の浮いた海の中には太めの中華麺、その上には味玉と海苔が浮いていた。小さく盛られたほうれん草も忘れてはいけない。どんぶりの隣には小さな茶碗が鎮座していて、こちらも食べられる時を待っている。
トウジがラーメンに箸を突っ込み、沈んでいる部分を引き上げると湯気の量はさらに多くなった。同じようにケンスケも麺をひっくり返そうとして、メガネをかけっぱなしにしていたことにその時気づいた。箸を止めていったんメガネを外して、もう一度麺を上げ直す。
シンジは二人とは違って先にほうれん草を半分に分けてスープに浸して食べ始めた。三枚ある海苔のうち一枚を半ライスに乗せ、レンゲを使ってスープを少しご飯にかけておく。そのあとは二人と同じように麺を少し持ち上げてから、勢いよくすすり始めた。
麺をすすると、同時に脂とスープが口の中に入り込んで一瞬やけどしそうになる。息を吸い込んで熱を少し逃がしながら、スープがよく絡んだ固めの太麺を口の中で咀嚼すると、ちょうどいい歯ごたえが帰ってきて少しずつ満腹中枢が刺激されていく。
チャーシューも忘れてはいけない。残っているほうれん草を先に食べて口の中の油分を吸わせてから、脂の乗った分厚い豚肉を口へ運ぶと、ほろりと崩れて肉汁が広がっていった。
三人はそのまま無言でラーメンを味わいつくした。
「ごちそうさんで~す」
「はーい、ありがとうございまーす」
あっという間にラーメンを食べきった三人は、重たくなった体を何とか持ち上げて店を出た。
「やっぱここのラーメンは最高やな」
「僕は結局実家暮らし継続だから、まだまだ食べに来るかな」
「俺も~」
その時、ケンスケのスマホの着信音がなった。怪訝な顔をして、チョットごめんと言って着信に応じる。しばらくして、彼は驚きの声を上げた。
「え、ウソでしょ?! あれ明日までなの?!」
口ぶりから察するに、課題か、あるいは提出しなければならない書類があったのだろう。慌てて通話を切って、二人に小さく頭を下げて手をあわせて謝ってきた。
「ごめん! 明日提出の課題を完全に忘れててさ……」
そんなケンスケの前で二人は互いに目配せしてから、トウジが口を開いた。腕を組んで胸を張り、大げさに言う。
「ったく、しゃーないなァ。早いとこ終わらせんからそうなるんやで?」
「それはトウジも一緒でしょ」
「ウグッ」
見栄を張った彼にシンジが釘を指すと、ぐうの音も出ないようで、そこでトウジは黙ってしまった。
「まぁ、今日のところはこれで解散にしよっか。みんなまだこの町に住む続けるんだし、また会えるよ」
そんなトウジの後を継いでシンジがそういうと、ケンスケは顔を上げて苦笑いした。
「いや、ほんとごめん。今度埋め合わせするから!」
そういってケンスケは、ラーメンが逆流しないように、慎重になりながら、現状の最高速で自分の家に向かって歩いて行った。その後ろ姿に手を振って見送りながら、シンジはトウジに話しかける。
「僕らはどうする? もう帰ろうか」
「ん、そうやな」
二人はケンスケが歩いて行った方向よりも左に伸びる道を歩き出した。
二人雑談しながら歩いていると、途中の雑貨屋でシンジの足が止まった。
「……ねぇトウジ。僕ちょっとここに寄ってくよ」
「なんや急に」
「いや、ホワイトデーのお返し、まだ買ってないからと思って」
トウジはにやりと笑ってシンジの肩をぐっとつかむ。
「ほ~ん、なるほどなるほど。今年は特別に用意しようと思うぐらい本気やと」
「ちょっ、やめてよ」
シンジはワシワシと頭をつかんで振り回すトウジに抵抗した。
「毎年適当に手作りチョコを渡しとっただけやろ、みんなと同じもんを。今年の気合は違いますなァ!」
解放され、くるくるしている平衡感覚を取り戻していると、少し真剣な眼でトウジが語りかけてきた。
「お前と惣流が随分前からな~んも話しとらんことの原因ぐらい、長い付き合いや、察しはついとる。ちゃんと口で伝えんと、そん時を逃したら後悔するで」 その真剣な顔に、シンジははっとした。
「そうだね……ありがとう、トウジ」
シンジの返事に納得したように大きく頷いて、トウジは雑貨屋へ足を踏み出した。
「わかればヨシや! ついでにワシも買っていくわ」
「え、誰に?」
「バカ、言わすな!」
雑貨店の中をふらふらと歩いていると、小洒落たチョーカーを見つけた。アスカがつける姿を想像して、きっと似合うだろうなと確信した。
(少し独占欲がすぎるかな……?)
その隣に並んだ指輪と見比べて、どちらにしようかをずっと悩む。一瞬、どちらが一番良い\ltjruby{虫よけ}{・・・}になるだろうと考えて、自意識過剰になっている気がしてシンジは頭を軽く振った。それでも、純粋にアスカがこれを着けているところを見てみたい気持ちが、シンジの中で勝ったようだった。黒い首輪を手に、レジへと向かう。店主の女性に渡し、支払いのために財布を取り出していると、彼女に話しかけられた。
「……ねぇ君、これは誰かへのプレゼントかしら?」
「へっ?」
話しかけられると思っていなかったシンジは、小銭をこぼしそうになったが、かろうじて落とさずに済んだ。恥ずかしくて顔を赤くしながら、シンジは小さく、ハイと答えた。
「そっか。じゃあ、綺麗にラッピングしといてあげるわよん」
気さくな店主はそのまま一度裏へ下がって、包装紙を持ってきた。
「あのッ! ありがとう、ございマス……」
雑貨屋の女主人はクスクス笑った。
「いいのよ、プレゼントは綺麗じゃなくちゃね。……まぁ、でも」
何を言われるのかとビクビクしていたシンジは次の言葉を聞いて顔から火が出そうなほど恥ずかしくなった。
「チョーカーをプレゼントって、見かけによらず随分嫉妬深いのね?」
家に帰ると、キッチンからまな板と包丁の音が聞こえる。ユイが夕食の準備を整えているのだろう。シンジは洗面台に向かいながら声をかけた。
「たっ、ただいま」
「おかえりなさい、ちゃんと手を洗ってね」
「わかってるよ」
こちらを振り返ることなく釘を差してくるので、少しムッとして答えながら洗面所へ向かった。適当にうがいもして自分の部屋へ戻ろうとすると、ユイに声をかけられた。
「あ、シンジ〜? ホワイトデーの夜ね、惣流さんとこと一緒に家でディナーにするから〜。忘れないでね?」
「え」
驚いて聞き返すこともできず、シンジは固まってしまった。そうしている間にも、ユイは話を続けている。
「その前お買い物に行くから、夕方まではアスカちゃんと二人で留守番頼むわよ、シンジ」
「う、うん」
その時に渡せたらいいな。シンジは鞄の中の小さな箱を意識してそう思った。
「それじゃあ、行ってくるわね。シンジ、お留守番はよろしく」
「うん」
玄関でユイは靴に足を入れ、つま先をトンとついて履き心地を整える。本来ならば隣にゲンドウが立っていたのだろうが、彼は突然の呼び出しで今は家にはいなかった。シンジには、途中でユイたちと合流して帰ってくると聞かされていた。ユイが玄関を出ると、空は少し曇っていた。
「天気予報では晴って言ってたんだけどなぁ」
眉根を寄せて空を見上げ、彼女は一つため息をついた。すぐに気を取り直して、シンジのほうを振り返った。
「いってきます」
「うん、いってらっしゃい」
軽い足取りで歩いていくユイを、シンジは玄関から見送った。
夕方ごろになって曇り空はいつしかそのまま雨を降らし、アスファルトが少しずつ濡れていく。風がさらに冷たさを増し、窓を叩く水滴はすぐにガラスが曇って見えなくなった。
「大丈夫かな……」
窓を擦って外を見ていると、すぐ下を赤い髪の少女が駆けていった。慌てて自分の部屋を出て、階段を降りる。一度洗面所に寄ってタオルを数本取ってから、シンジは玄関へと走った。
ドアノブに手を掛けたところでちょうど呼び鈴が鳴った。すりガラス越しにアスカの姿が見える。シンジはそのまま力を込めて玄関を押し開いた。
「アスカッ」
「きゃっ」
外にいたアスカは、勢いよく開いたドアに驚いて身をすくめた。コートは濡れていて、長く綺麗な髪の毛にも水滴が見える。その姿に艶やかさを感じて、シンジは言葉を失ってその場に立ち尽くしてしまった。アスカも同様に、チャイムを押してすぐに開いたドアとシンジの様子に驚いてしまって、二人ともピクリとも動かなかった。
しばらくそのまま見つめあっていたが、シンジの方が先に正気に戻った。赤面しながらアスカを家へ招き入れる。
「……ごめんッ、寒いよね。早く中入ろう」
「……え、あぁ、そうね」
お互いにぎくしゃくしながら、アスカは碇家の敷居をまたいだ。
「これ、タオル。濡れてるでしょ?」
「ありが、とう」
アスカがリビングで手を洗った後、シンジはタオルを手渡した。その代わりにシンジはアスカの来ていたコートを受け取って水滴を軽く拭きとり、玄関にある洋服掛けにぶら下げる。そのままの流れでリビングの電気を着けて暖房のスイッチを入れた。
「ごめん、もうちょっと後だと思ってリビングの暖房付けてなかったんだ。今つけたから、ちょっと待ってて」
そういってシンジは、自分の部屋の暖房を消すために階段へ向かった。その左手を、アスカがつかんでくる。
「ねぇっ」
「ッ! ……な、なに?」
まさか引き留められるとは思っていなかったシンジは、左手がつかまれた瞬間、心臓がバクついた。耳まで熱い。胸が高鳴る。シンジの左手をつかむアスカの右手から伝わる熱が、心をくすぐる。
「……アンタの部屋、暖房ついてるんでしょ?」
「まぁ、うん。ついてるけど」
「じゃあ、そこでいい。あったかいところがいい」
振り返ると、見たことがないほど顔を赤くしたアスカが、こちらを見つめていた。シンジは無言で一つ頷いて見せた。
先に行ってて、あったかい飲み物取ってくるから。そういわれてアスカは、先にシンジの部屋にいた。部屋の中央にぽつんと置かれた座椅子の片方に腰を下ろして、かじかんだ手をこすり合わせながら暖房の風に当たる。ふと彼の机の上を見ると、何やら包装紙にくるまれた箱が見えた。アスカの顔が余計に赤くなったところで、シンジがココアのマグカップを二つ持ってきて部屋に入ってきた。
「お待たせ、これ、ここあ」
「あ、うん、ありがとう」
ぎくしゃくした時間が進む。マグカップを傾けてココアを飲む小さな嚥下音と、ホワイトノイズのような暖房の低い振動音、そして二人の鼓動以外は何も聞こえなかった。マグカップの残りが半分になったところで、シンジが意を決したように話しはじめた。
「あの! あの、さ」
立ち上がって机の上に用意しておいた箱を手に取る。深呼吸を挟んでからアスカの対面に座り直し、きらびやかな箱を手渡した。
「これ、バレンタインデーのお返し。ホワイトデーのプレゼント」
渡された箱を一瞬見つめて、アスカはそっと包装紙を剥がし始めた。二人の前で素朴な紙の箱があらわになる。アスカの白く細い指がその箱の蓋を開ける。内側からは、黒いベルトに赤い装飾が施されたチョーカーが出てきた。
「……これ、わたし、に……?」
「うん。アスカに似合うと思って」
アスカはじっとそれを見つめて、そっと首に回した。留め金がぱちりとはまり、アスカの首にチョーカーが装着された。
「……どう、似合う?」
「……うん、綺麗だ……」
そういって二人は見つめあう。シンジは、のどまででかかった思いをどうやって言葉にしようか、苦しい思いをしながら考えていた。考えていたはずの言葉は消え去ってしまった。
その時、アスカのスマホから大きな音で着信音が鳴りだした。二人でびくつき、画面を見て相手を誰か確認した後、アスカは黙って受信を押してスマホを耳に当てた。
「もしもし、ママ?」
『アスカ? ごめんねぇ、今電車が止まっちゃってて。ユイさんとも一緒にいるんだけど、すぐには帰れそうにないからディナーはまた後日にしようかって話してるんだけど』
「そ、そう……」
『あらぁ? ……もしかして、シンジくんと何かあった?』
「ッ! 何でもない! わかったから切るわね!」
『あ、ちょっ』
シンジはそのアスカの様子に驚いて見ているしかなかった。目の前でいきなり焦りだして通話をきったアスカに、おずおずと話しかけると、彼女はパッと立ち上がって言った。
「電車が止まってるらしいから今日はお開きだって。私も帰るわね。バタバタさせて悪かったわね、じゃッ?!」
「ッ!」
そういって歩き出したアスカの手を、今度はシンジがつかむ。シンジの湧きたった熱い視線と、それを何とかごまかそうとするアスカの視線が交錯する。アスカに逃げられないようにぎゅっと手をつかみながら、シンジは立ち上がってアスカの細い体を抱く。首筋に顔をうずめ、逃げられないように、力を込めて抱き寄せた。
「アスカ、あのね。僕もアスカのことが――」
「ねぇ、ママ? いつもあそこにかざってあるわっかってなぁに?」
「あぁ……あれはね、パパのすぅ~っごく強い独占欲の印よ。ママをずーっと離さない約束の宝物」
「どくせんよく?」
「今はわからなくていいわよ、とにかく、大好きの証ってこと」
「ふぅ~ん」
玄関の扉が開く音が聞こえる。少し遅れて玄関から、ただいま~という間延びした声が聞こえた。
「あ、パパだ!」
女の子はまっすぐに駆けだしていき玄関に腰かけるスーツ姿の男性に飛びついた。
「あ、こらこら」
「おかえり~~!」
抱き着いてくる女の子を自分の腕で抱えなおして、男性は立ち上がった。
「おかえりなさい、シンジ」
「ただいま、アスカ」